その場凌ぎの好きよりも、瞳に溜まった涙が言葉より先に零れ落ちて、あなたの言った「嫌い」がわたしを生かす。風が草花を揺らした。指先が背骨をなぞった。1,2,3とコブを越えていった。

嘘をついたあなたの 本当をすくいあげる

語られなかったことに私達の知るべきことがあるけれど、じゃあ、私達はそれをどう知ったらいいだろうか。「意図的に隠された真実ならまだマシであるけれど」私はテレビの電源を切る

あなたが気づかないうちに落とした真実を、わたしは知りたい。髪の先から指の先端までを確かめる。首筋に歯を立てる。わたしはいつも情けない

お気に入りのタイツのつま先から、親指が覗いている。煙草を落として焦げついた絨毯、繊維が溶け固まってしまった痕、音のない部屋。自分の中に入ってきてほしくない言葉、匂い、音に眉をひそめる。全身の穴を塞いでしまいたい。そういう時は、頭まですっぽりと布団に潜り込む。

台風が過ぎ去った後に増水した川を見に行く。過ぎ去ってしまった後の空は、何もなかったかのように晴れ晴れしている。風はまだ吹いているけれど、荒々しさはなくって、無邪気に土手に生える草木を揺らしているのが、戯れているみたいに愛らしい。川は増水して轟轟と流れる。飛ばされてきたゴミや枝が右から左に流れていって、わたしは音を立てて激しく流れる川と何もなかったかのような空を交互に見る。嫌なことがあった日の朝焼けがむかつくくらいに美しかったり、悲しくて苦しくてもしっかりお腹が空いてしまったりすることを思い出す。わたしの中のわたしの力が及ばない部分、わたしたちのわたしたちの力が及ばない日々の、やるせなさ、くやしさ。

わたしは明日、お気に入りのタイツの指先を、慣れない手つきで縫い付ける。

2021/10/9-2021/10/11

「私の体力限界が120%だったとき、まだ20%って言うもんだから、本当に体力の差を感じたよ」私が山行から帰って、まぐろのカマ焼きをつまみに高清水を飲みながら友人に言うと、「表現おかしいでしょ。HPは減るもんなんだから、逆でしょうが」とすかさずツッコまれる。そりゃそうかと笑いながら「私の体力がマイナス20%だったとき、同行者は80%だったわけ」と言い直した矢先に、「体力ゲージにマイナスはないでしょうが」とまた指摘される。友人の呆れた顔が見れて私は大満足で、腹から笑ってしまった。帰ってきて良かった。

2021/10/9

体力も技術もない。7時間程登ったところで脚の付け根が痛みを増し、一歩前に進むのもやっとだった。それなのに急登は続く。本当に10月なのかと思う暖かさと、アルプスの山々が見渡せる天気の良さに励まされ、ようやっと山荘についた頃には15時を回っていた。

山で飲むビールの格別さよ。うまい 以外の言葉がない。

布団に潜ったのは18時半頃か、22時にアラームをかけるが誰も起きず。胸の痛みで目が覚めた、今回は大丈夫だと思ったのに高山病だ。横になると胸が痛くて眠れない。布団の上でヨガの猫のポーズをとってみる。

外に出てみると雲一つない空に星だらけ。風が出てきてダウンを着ていても少し寒い。ひとつの灯りもない山の上で、煙草の先端の燃える火と星だけが燃えている。

2021/10/10

南岳、中岳、大喰岳の山頂に立ち槍ヶ岳に向かう。体力は回復したものの、左足は上がらない。休憩を取りながらゆっくり尾根を歩いていく。

初めての槍ヶ岳、ジャングルジムのよう。手を離さなければ死ぬこともない。

下山が始まり帰りたくない病が発症する。下山つまんない、帰る理由がない、等文句を垂れて脚を引き摺る。昨晩、流れた星に他人のしあわせを願ったことを思い出し、下山の理由を見つける。

脚の炎症が最高潮に達し、痛み止めを増す。私のせいで日が落ちても下山できず、ヘッドライトを点けながら歩行。帰りの運転も任せきりで、出発地についたのは翌日明方4時だった。

今年の夏は天候に恵まれず山行が中止になる等、自分が体調を崩していたこともあってあまり登れなかった。一緒に登った二人には大感謝。また、行けたらいいな。

夏が終わりかけて、秋が来たと思わせて、まだ蒸し暑い夜が続く。「夏が来なくなった」と私が言うと頷いた友達たちの元に、今年は夏は来ましたか?

授業中に青々とした稲が揺れるのを眺めていた。コンクリートに垂れた汗はすぐに蒸発した。それぞれの部活動の掛け声が休みなく響く、蝉の声と一緒に。わたしは土手に向かって自転車を走らせた。土手の横のサイクリングロードを走っていく。片耳にイヤホンを突っ込んで、向こうまで続く鉄塔を追い越しながら、隣の街までただひたすら漕ぐ。呼吸をするだけで息苦しく、寝苦しい熱帯夜が続いて、突然の雷雨にびしょ濡れになる。そんなうっとおしい夏がわたしはすきだった 「ほっといてくれよ」と言わんばかりの 横顔がちらつく 夏が来なくなった

会社に行こうとすると金木犀の香りがどこからか運ばれてきて わたしは思わず眉をひそめる。思い出みたいな香りが今年もしますね。また今年も秋はちゃんとやってくる。

終電を見送ってしまえば、どこにも行くことはできないし、眠気と疲労と酔いでどうにかなりそうな身体を朝までずるずる引きずる。電車の走り出した音が、有明の月が浮かぶ新宿に人の気配と一緒にやってきて、まだやり残したことがあるような気がする私は、人の流れに逆行する。ここはどこで、なにをしているのか、わからない。ここはここで、わたしはわたしで、それでいて何か問題があっただろうか。

喫茶店を2軒ハシゴする時とはどんな時だろうか?新宿駅東南口を降りてタイムスでブレンドを飲んだ後、3丁目のジャズ喫茶で水出し珈琲を飲んだ。腹が珈琲でタプタプになっている。よく行く飲み屋で見かけたことのある人が、マッチで煙草に火を点けた。向こうはこちらのことなど知らないと思う。右利きなのに煙草を吸うときだけ左手を遣う人、靴の底が内側だけすり減っていること、金髪が似合う女の子にタトゥーが増えたこと、きっちり折りたたまれたハンカチが左ポケットからはみ出している、誰にでもすきをあげるあの子が私のことも好きなこと。わたしは誰のことも知らないまま

電車に乗り合わせている人たちは、いつも途中の表情を浮かべて、どこかに向かっている。道草の途中で拾った石ころの裏側に、マジックでかかれた名前。なんだかわたしみだいだなって、笑ってしまった。

さて、帰ろうか

狂ってしまえればよかった。そうすればこんなに悩むこともなかった。わたし まともだから、過ぎていった日々のこととか、やがてくる未来について頭を悩ませている。狂ってしまえればよかった。そうしたら、このどろどろした欲に嫌悪抱くことなく身を任せられるのに。小さな傷に剃刀を突き立てて傷を広げる 滲む血 歪んだ顔のこいつは誰ですか。いっそのこと全部壊してやろうと思ったりする。そうすれば全部ぐちゃぐちゃになって取返しがつかなくなって、わたしの力は及ばなくなって、もう全部手放すしかなくなるのだから。狂ってしまいたい、全てを台無しにして、二日酔いの朝のあのどうしようもなく気持ち悪い感じとおんなじにして、1日ではなく未来を全部台無しにしちゃう。そしたら、なんて気持ちのいい朝が来るんだろうって思うよ。人を傷つけても平気なふりをして、自分に向けたナイフで迷わず腹を裂く。まともではなかったとしても、狂いきれないわたしの部分 腐っていく前に、はやく

2021.07 

何も聞こえない。何も見えやしない。二本の足で立つのがやっとで、何かに縋ろうと手をのばすけれど、空振りした手は空を切る。立っているのか浮いているのかわからなくなる。

やがて金星がひかって、そこにずっとあった はずのひかりをみる。薄い雲が空にかかっているその先にうっすら弱くひかる星。なにもない空を指さし、そこにひかっているほしをみる。遥か彼方で死んでいった星の子ども、本当はこの世に生まれる前に出会っていた。わたしはたいせつなことを一つずつ忘れていった。ちゃんと忘れていった。

みんなの話す言葉の意味を、大きなプールから探している。水中、膜のかかったみんなの声がぼんやり聞こえる。わたしは泳ぎつかれて、それでもまだあの子の「すき」を探している。空には丸く穴が空き、わたしのことを見下ろしている。わたしは走り続ける、誰も追いつけないスピードで街と人を通り抜けて 誰の思い出にもならない。

 

目を覚ませ

目を覚ませ、喪失で人は殺せない。だから呪いをかける必要も本当はない。愛なんてものはとうに力を失ってリサイクルボックスの中、次に何かに変わるのを待っている。かたちを変えながら循環している。みんな正体に気が付かず、ただ消費して愛を探し求めるけど、今朝の目玉焼きがそうだったと誰が気づける。わたしは呪いの解き方がわからない、誰も知らないかもしれない。でもこんなに身体は軽い、わたしの歪で完全なタマシイを掌であたためている。

今となっては夢だったのか現実だったのかわからない、日々の形はちゃくちゃくと変わり、毎日訪れる明日が昨日に替わる間にとりのこされまいと、しがみついているのは今日。わたしとあなたの関係性に名称はないよ。わたしとあなたがただそこにいるだけけだし。そこには以上も未満もない、昨日も今日もたくさんの人がわたしの身体を通り抜けていく。わたしも同じように。透明の身体には大きすぎる服を着ている、ぶかぶかの服が空気の中を泳ぐ、わたしのカタチは失われている。誰の指でもなぞれない皮膚、わたしがわたしでいるために残された最後の部分が疼いている。

誰かにとっての唯一の特別になることなんでできないから、誰かたちにとっての特別になろうと思ったのはいつだったか。ただ、美しくなりたかった。あの星みたいに見つけてもらった人に名前をつけてもらえたらよかった。わたしにはいくつかの名前がある。それが正しかった、それでよかった